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福岡国際マラソン選手権大会の歴史

 日本マラソンの父といわれる金栗四三氏の功績をたたえ、「金栗賞朝日マラソン」として1947年に第1回大会が金栗氏の故郷である熊本で開催された。その後、香川、静岡、広島などで開催され、第13回(1959年)から現行の福岡市平和台陸上競技場発着が定着した。第58回(2004年)から参加資格を緩和したBグループを設け、参加枠を広げた。大会の名称は第9回(1955年)から「朝日国際マラソン」。第20回(1966年)の前には国際陸連に「マラソン世界選手権を福岡で」と提案。協議の末に「国際マラソン選手権」となり、マラソンレースで世界で唯一、選手権を名乗る大会となった。第28回(1974年)から現在の「福岡国際マラソン選手権」になった。

 これまで国内外のトップ選手が出場し、海外勢では1972年ミュンヘン五輪金メダリストのフランク・ショーター(米国)、1976年モントリオール、1980年モスクワの両五輪金メダリストのワルデマル・チェルピンスキー(東ドイツ)ら、多くの五輪メダリストも参加。国内からも瀬古利彦(早大、エスビー食品)、双子の宗茂、猛(ともに旭化成)、中山竹通(ダイエー)ら、その時代の日本のトップが出場した。

 長い歴史の中で世界最高記録が樹立されたのは2度。第21回(1967年)のデレク・クレイトン(豪州)が初めて2時間10分の壁を破る2時間9分36秒4をマーク。第35回(1981年)のロバート・ドキャステラ(豪州)は2時間8分18秒で世界最高記録を更新した。日本最高記録も広島庫夫(旭化成)、中尾隆行(中京大)、寺沢徹(倉レ)、佐々木精一郎(九州電工)、宇佐美彰朗(桜門陸友会)、藤田敦史(富士通)の6人によって8度更新されている。

 現在の大会記録は第63回(2009年)でツェガエ・ケベデ(エチオピア)がマークした2時間5分18秒。日本選手の最高記録は第54回(2000年)に藤田が出した2時間6分51秒。最多優勝回数はショーター(第25〜28回)、瀬古(第32〜34回、第37回)の4度。

 2020年には陸上競技の発展に貢献したことが評価され、世界陸連から陸上の世界遺産とも言える「ヘリテージプラーク」を日本のマラソンレースで初めて贈られた。

 ※福岡定着前の第5回(1951年)、第9回(1955年)、第11回(1957年)も福岡開催。定着後の第17回(1963年)は東京五輪プレ大会として東京で開催。選手の所属は当時

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