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福岡市平和台競技場〜福岡市西南部周回〜香椎折り返し
午後0時10分スタート
(出場選手373人、完走者306人、天候曇り、気温14.0度、湿度61%

名前 所属 時間 大会結果詳細へ
1.イエマネ・ツェガエ (エチオピア) 2:08:48
2.パトリック・マカウ (ケニア) 2:08:57
3.川内 優輝 (埼玉県庁) 2:09:11
日本選手最高の3位に入った川内優輝(埼玉県庁)ツェガエ 初優勝 川内、「奇跡」の走りで3位

 第70回大会は2017年のロンドン世界選手権の代表選考会を兼ねて開催された。優勝したのは15年北京世界選手権の銀メダリスト、イエマネ・ツェガエ(エチオピア)で、記録は2時間8分48秒。これで海外勢の優勝は12年連続となった。
 日本選手は7度目の出場となった川内優輝(埼玉県庁)が2時間9分11秒で3位になったのが最高だった。川内は2時間7分0秒の日本陸連の派遣設定記録には届かなかったものの、後日、11年大邱、13年モスクワに次ぐ3度目の世界選手権代表に選ばれた。
 川内はレース後、珍しく涙を流した。その理由を問うと、「最悪の状況でスタートラインに立って、こんなタイムが出てすごくうれしかった。とにかくほっとした」と語った。最悪の状況とは、レースの3週間前に右ふくらはぎを痛め、スピード練習はまったくできなかったことと、大会2日前のジョギング中に左足首をひねったこと。特に右ふくらはぎを痛めた後は家族らから大会欠場を促されていたが、本人は「これまで大会に招待されて欠場したことはない。ここでやめたら今後も欠場を繰り返し、自分の陸上ががらがらと崩れる気がした」と出場に踏み切った。
 レースは30キロまで予定していたペースメーカーが23キロ付近でいなくなるという想定外の展開。そこで川内は積極的に前へ出た。アフリカ勢に先頭を譲ったものの、その後も第2集団で粘り、前を行くツェガエ、大会3連覇を狙う元世界記録保持者のパトリック・マカウ(ケニア)を追いかけた。結局、自身3度目の3位でフィニッシュし、1位との差は23秒と最も小さかった。レース後、川内は「走り始めたら足はマヒして痛くなかった。途中から雨が降って患部を冷やしてくれた。これまで一生懸命がんばってきたから天気も味方してくれた」。64回目のフルマラソンで10度目の2時間10分切りに「奇跡がおこったとしか言いようがない」とも語った。けがをする以前は7時間半をかけて100キロを走るなど独自の練習方法で鍛えていた。
 優勝争いはツェガエとマカウの一騎打ちとなったが、40キロ付近で前に出たツェガエが初優勝を飾った。フランク・ショーター(米)、瀬古利彦に次ぐ史上3人目の3連覇を狙ったマカウは腹痛や右足親指の爪をはがすアクシデントがあった。
 川内以外の日本選手は一般参加の園田隼(黒崎播磨)が自己記録を7分も更新する2時間10分40秒で4位に食い込んだ。一方、招待選手はややふがいない結果に終わった。2時間8分0秒の自己記録を持つ前田和浩(九電工)は2時間12分19秒で10位、2時間10分切りに挑んだ高田千春(JR東日本)は14位と、いずれもレースが動いた25キロ付近で先頭集団から離れてしまった。
 日本のマラソン陣はリオデジャネイロ五輪で08年の北京五輪以来の入賞ゼロに終わった。20年東京五輪に向けた最初のレースで光ったのは29歳の川内。その川内も世界大会への挑戦はロンドン世界選手権が最後と明言している。若手の台頭を望みたいところだが、元旦に全日本実業団駅伝があるため、有力選手が福岡国際への出場を見合わせる傾向が長く続いている。
 なお、参加資格を2時間40分以内から2時間35分以内に短縮したことなどから約350人参加者が減った。

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