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福岡市平和台競技場〜福岡市西南部周回〜香椎折り返し
午後0時10分スタート
(出場選手721人、完走者576人、天候曇り、気温12.9度、湿度61%)

名前 所属 時間 大会結果詳細へ
1.パトリック・マカウ (ケニア) 2:08:18
2.ゲトゥ・フェレケ (エチオピア) 2:08:31
3.佐々木 悟 (旭化成) 2:08:56
自己記録を1分近く短縮し、3位でゴールする佐々木悟(旭化成)マカウ 貫禄の2連覇 佐々木3位 リオ五輪代表に

 日本勢にとっては、翌年夏のリオデジャネイロ五輪選考会の第1弾。世界記録保持者のデニス・キメット(ケニア)が参戦し、日本代表に最も近いと言われたのは川内優輝(埼玉県庁)だったが、2人が序盤で先頭集団から消える波乱のレースになった。
 前年秋に史上初めて2時間3分の壁を破ったキメットは、スタートしてすぐに右足の付け根を痛めてしまう。4キロ付近でスピードを落とし、5キロ過ぎにリタイアした。
 川内の顔がゆがみ始めたのは10キロ手前から。左ふくらはぎが痺れ、痛みに変わった。これまでに感じたことのない感覚。自身55度目のフルマラソンで、しかも五輪選考レースでそれが出た。「何でよりによって今日なんだろう」。11キロ付近で遅れた後も、歯を食いしばりながらゴールまで体を運んだが、日本人4位の全体8位。レースを投げなかったところに美学を感じさせたものの、五輪は遠のいた。
 1キロ3分ペースで進む先頭集団から、期待された外丸和輝(トヨタ自動車)ら実業団の中堅選手が徐々にふるい落とされていった。25キロで、引っ張れなくなったペースメーカー2人が離脱。少しペースは落ちたが、30キロを過ぎても食い下がったのは佐々木悟(旭化成)と高田千春(JR東日本)だけだった。6年連続出場で34歳の高田はこのコースで安定して結果を出してきたが、10月に右ひざを痛め2週間休んだのが不安だった。32キロすぎに遅れ、佐々木だけが残った。
 佐々木は2013年のびわ湖で自身初の「サブテン」をマークしていたが、その後は失敗レースが続き、頭打ちの状態だった。15年、旭化成には箱根駅伝で活躍した大卒新人が大量加入。30歳になった佐々木は「何かを変えないと居場所がなくなる」と一念発起し、夏から約3キロ減量。以前は指導者のメニューに忠実に従う選手だったが、今回は設定タイムを超えて走ったり、メニュー変更を要望したり、自己主張するようになった。誰にも言わなかったが、ひそかに引退をかけたレースだった。
 佐々木を含む4人の先頭集団の中から、35キロ手前でバーナード・コエチ(ケニア)が飛び出すが、すぐに追いついたのが前年覇者のパトリック・マカウだった。キメットの対抗馬と目された元世界記録保持者。2014年の福岡を制した後、翌春のボストンでは途中棄権していた。ケニアの五輪代表候補に残るためにも、健在ぶりをアピールしたかった。
 マカウは37キロ過ぎにスパート。佐々木は付けず、ゲトゥ・フェレケ(エチオピア)と並走する。40キロ手前でコエチをかわし、3位に浮上した。佐々木は腕時計をせずに走っており、競技場に入って2時間8分台がぎりぎりで狙えることに気付いた。2時間8分56秒で、自己記録を1分近く短縮。「競技人生がつながった」とホッとした表情を見せた。
 残る選考レースは2月の東京、3月のびわ湖毎日。東京では青学大の下田裕太、一色恭志が日本人2、3位を占める健闘を見せたが、日本人トップの高宮祐樹(ヤクルト)は2時間10分57秒とタイムは伸びず。1週間後のびわ湖毎日は、マラソン3戦目で31歳の北島寿典(安川電機)が終盤追い上げ、41キロ付近で36歳の石川末広(ホンダ)を逆転。全体2位の北島が2時間9分16秒、石川も9秒差の4位で続いた。五輪代表には佐々木、北島、石川の30歳代トリオが文句なしで選ばれた。

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