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福岡市平和台競技場〜福岡市西南部周回〜香椎折り返し
午後0時10分スタート
(出場選手582人、完走者477人、天候曇り、気温9.7度、湿度93%)

名前 所属 時間 大会結果詳細へ
1.マーティン・マサシ (スズキ浜松AC) 2:07:16
2.ジョセフ・ギタウ (JFEスチール) 2:09:00
3.川内 優輝 (埼玉県庁) 2:09:05
中間点でペースメーカーがはずれ、川内優輝が飛び出す距離の壁を克服 マサシ初V 必死の粘りで日本人トップの川内、アジア大会代表に

 国内外の有力選手の実力が伯仲し、2004年の尾方剛(中国電力)以来、9年ぶりの日本人王者の誕生なるか。前年に続き、「市民ランナー」川内優輝(埼玉県庁)と「プロランナー」藤原新(ミキハウス)の異端対決にも注目が集まった。
 2014年秋のアジア大会(韓国・仁川)の日本代表選考レース。福岡国際、東京、びわ湖の3大会のそれぞれ日本人上位3人の中から最大2人が選ばれることになっていた。2016年リオデジャネイロ五輪に向けた日本男子マラソン再出発の第一歩として、日本選手には記録、内容共に積極的なレース運びが期待された。直前までの雨は止み、曇りで気温9・7度、ほぼ無風の好条件で午後0時10分、号砲が鳴った。
 ペースメーカーは1キロ3分で中間点まで。淡々とした展開が続くと思われたが、15キロ付近から藤原が遅れ始め、20キロを過ぎた直後に歩きだして途中棄権した。1年ぶりのフルマラソンは「今までで一番ふがいない走り」に終わった。
 中間点は1時間3分48秒。ここで川内が仕掛けた。「5、6人に集団を絞って、お互いに引っ張り合う」狙いだったが、ついてきたのはロンドン五輪9位のヘンリク・ゾスト(ポーランド)だけだった。川内は体力を消耗し、28キロ過ぎで3位集団に吸収された。次にメクボ・モグス(日清食品グループ)が前に出た。7人で先頭集団を形成したが、32キロ過ぎで松宮隆行(コニカミノルタ)がずるずると脱落した。日本選手屈指のスピードを誇るが、30キロ過ぎからの失速という課題を克服できなかった。
 35キロ過ぎ、一般参加のマーティン・マサシ(スズキ浜松AC)がスパート。独走態勢を築いて2時間7分16秒でゴールした。初マラソンだった前年大会は38キロ過ぎで途中棄権。「もう陸上をやめる」とこぼすほどショックを受けたが、地元ケニアで世界トップ級の選手と練習するなどし、距離の壁をクリアした。同じケニア出身で前年覇者のジョセフ・ギタウ(JFEスチール)が2時間9分0秒で2位だった。
 日本人トップの3位は2時間9分5秒の川内。中間点過ぎの飛び出しは結果的には裏目だったが、ペースダウンを嫌ってレースをつくろうとした姿勢と、その後の必死の粘りは、日本陸上競技連盟の幹部に「立場を忘れて感動した」と言わしめた。
 2時間10分39秒の5位に自己最高を1分14秒更新した高田千春(JR東日本)、2時間13分12秒の9位に佐々木悟(旭化成)が入った。
 日本勢のサブテン(2時間10分切り)は川内1人にとどまり、その他の実業団選手たちは一度脱落すると盛り返せない弱さを露呈した。宗猛・日本陸連中長距離マラソン部長は「マラソンへの取り組みでは、川内のほうがプロで実業団はアマチュア」と切り捨てた。
 アジア大会代表は、今大会の走りから川内、もう一人は東京で2時間8分9秒の自己最高を出し、日本人トップの8位に入った松村康平(三菱重工長崎)に決まった。びわ湖の日本人トップは佐々木。自身初のサブテンとなる2時間9分47秒で2位になったが、「代表選考においては出場1回目のレースの成績を優先する」という日本陸連の方針から、佐々木は川内、松村に及ばなかった。

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