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福岡市平和台競技場〜福岡市西南部周回〜香椎折り返し
午後0時10分スタート
(出場選手556人、完走者436人、天候晴、気温13.7度、湿度49%)

名前 所属 時間 大会結果詳細へ
1.ジョセファト・ダビリ (小森コーポレーション) 2:07:36
2.ジェームス・ムワンギ (NTN) 2:08:38
3.川内 優輝 (埼玉県庁) 2:09:57
25キロ付近で争う選手たち。NC75番は優勝者した、ジョセファト・ダビリ選手(小森コーポレーション)初マラソン ダビリ優勝 日本人1位川内 五輪出場ならず

 ロンドン五輪の男子マラソン代表3人を決める国内選考会の第1段として開催された。すでに韓国・大邱(大邱)で実施された世界選手権では、堀端宏行(旭化成)の7位入賞が日本選手最高で、五輪内定基準の「メダル獲得」には届かず、3枠はすべて空いた状態でレースを迎えた。
 注目を集めたのは、川内優輝(埼玉県庁)。実業団の誘いを断って、埼玉県職員になり、フルタイムで働きながら一線で活躍する異色の選手。世界選手権では日本人3番手の18位ながら、その前の東京マラソンでは2時間8分37秒を出した。毎回のようにゴール後に精根尽き果てて医務室に運ばれる姿や、取材への生真面目な受け答えなどが人気を集めていた。
 レースは、ペースメーカーが設定通りに5キロ15分前後を刻んだ。選手が暑さを感じる気温13・7度にしてはややハイペース。先頭集団から川内が脱落し出したのは中間点よりも手前だった。レース前から「本番は2カ月半後の東京マラソン」と話していた。「6割くらい」という体調には、きついペースだった。
 25キロでペースメーカーが外れ、真剣勝負が始まると、すぐにダビリ(小森コーポレーション)らケニア人2人が抜け出した。追う集団は5人。そこからバラノフスキー(ウクライナ)、岡本直己(中国電力)、クラッグ(アイルランド)が徐々に脱落。30キロを過ぎて日本人トップ争いは、地元福岡から出場した2人、前田和浩(九電工)と今井正人(トヨタ自動車九州)に絞られた。
 日本人トップは、五輪代表入りに大きく近づく。トラックとマラソンで世界選手権に出場経験のある実力派の前田か、学生時代に箱根駅伝で活躍して「山の神」と異名をとった今井か、2人のデッドヒートが35キロ過ぎまで続いた。
 だが、暑さの中でペースが上がらない。30〜35キロの5キロは16分14秒まで落ちていた。サフロノフ(ロシア)とともに失速を抑えて走っていた川内の姿がみるみる大きくなってきた。36キロ過ぎ、ついに川内が2人をとらえて三つどもえに。歯を食いしばって、川内が一気にスパート。2人を引き離した。
 37キロ過ぎ、前田と今井に追い付かれた川内は、38キロ過ぎに給水のボトルを投げ捨て、叫び声を上げながら再スパート。ついに前田が遅れた。
 39キロ過ぎ、追い付いてきた今井に逆にスパートされた。川内は「本当に苦しいけれど、一番好きな場面。ああいうところで戦うために走っている。どっちの気持ちが強いか根比べだ」。200メートルほどで追い付き、そのまま逃げ切った。
 日本人最高の3位になった川内だが、レース後に改めて東京マラソンへの出場を明言。異例の再挑戦は、中間点過ぎに遅れて14位に終わった。翌日の会見では頭を丸めて「後悔はしていない。多くの人が応援してくれたが、期待に応えられなかった。けじめです」と潔かった。
 東京マラソンには、福岡の雪辱を誓った前田も出場。2時間8分台の好記録で日本人2番手につけたが、五輪代表入りはならず。再挑戦の場をびわ湖毎日マラソンにした今井は、2時間17分台の42位に沈んだ。
 五輪代表3人は、東京マラソンで日本人トップの2位、藤原新(東京陸協)、びわ湖毎日マラソンで日本人トップの4位、山本亮(佐川急便)、同5位で世界選手権10位の中本健太郎(安川電機)となり、福岡国際マラソンからは誰も選ばれない結果となった。

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