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福岡市平和台競技場〜福岡市西南部周回〜香椎折り返し
午後0時10分スタート
(出場選手348人、完走者234人、天候曇り、気温8.9度、湿度48%)

名前 所属 時間 大会結果詳細へ
1.ドミトロ・バラノフスキー (ウクライナ) 2:08:29
2.フリオ・レイ (スペイン) 2:09:41
3.藤田 敦史 (富士通) 2:09:48
32キロ付近の給水所で、藤田敦史(富士通)らを引き離すバラノフスキー(ウクライナ)

 尾方剛(中国電力)が銅メダルを獲得した世界選手権(ヘルシンキ)が夏にあり、北京五輪の代表選考会も1年先。日本選手にとっては、プレッシャーの少ない中で思い切ったレースができるシーズンを迎えていた。前日本記録保持者の藤田敦史(富士通)が5年ぶりの優勝を目指し福岡に挑んだが、荒天が災いした。思わぬ伏兵が優勝をさらった。
 ゴール時に気温は7度に下がり、強い雨も降った。時折8メートルを超える強風も吹いた。ペースメーカーの刻むタイムも小刻みに上下した。
 暑さに強い藤田だが、寒さは苦手。強風で記録への意欲も序盤でそがれてしまった。5年前に2時間6分台をたたき出した条件とは全く違った。
 向かい風の最初の5キロは15分47秒。風向きが変わった10〜15キロは14分50秒、15〜20キロは14分37秒と急激に速くなった。「体に余裕がなくなった」と藤田。3月にびわ湖で3年ぶりのマラソンを走り、2時間12分30秒の10位。勝負勘はまだ戻っていなかった。
 ペースメーカーがレースをやめた32キロ付近で先頭は4人。勢いよく飛び出したのは、マラソン5回目の無名選手バラノフスキー(ウクライナ)だ。酷暑のアテネ五輪は途中棄権している。それまでの自己ベストは、2時間11分57秒で招待選手中ワーストだった。藤田より自己ベストで5分以上遅い格下が一気に藤田、レイ(スペイン)、ビルハヌ(エチオピア)を引き離した。
 顔の前まで拳を振り上げる力強い腕振りは、トラックの中距離出身の名残という。そのまま後続を引き離し、自己記録を3分28秒縮める2時間8分29秒でフィニッシュ。旧ソ連の国で初めての優勝者となった。
 藤田は2位争いに敗れたが、自身2度目の2時間10分切りで日本人トップの3位に。それでも「優勝できなかったのは悔しい。60点」と辛口の評価を自身に下した。

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