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福岡市平和台競技場〜福岡市西南部周回〜香椎折り返し
午後0時10分スタート
(出場選手102人、完走者73人、天候曇り、気温8.5度、湿度45%)

名前 所属 時間 大会結果詳細へ
1.国近 友昭 (エスビー食品) 2:07:52
2.諏訪 利成 (日清食品) 2:07:55
3.高岡 寿成 (カネボウ) 2:07:59
優勝した国近友昭(エスビー食品)=左=と諏訪利成(日清食品)の一騎打ち。後方は高岡寿成(カネボウ)

 男子マラソンの歴史がこの年塗り替えられた。アトランタ、シドニー両五輪1万メートルの銀メダリスト、34歳のポール・テルガト(ケニア)が、9月のベルリンで史上初の2時間4分台となる2時間4分55秒の世界最高で優勝。ペースメーカーとして走った2位サミー・コリル(ケニア)も1秒差で続き、前人未到の2時間4分台に一気に2人が突入した。
 その前月に開かれた世界選手権(パリ)は、油谷繁(中国電力)が2時間9分26秒で日本選手最高の5位。油谷は2年前の世界選手権5位に続いて2大会連続の入賞。ほかの中国電力勢は佐藤敦之が10位、尾方剛が12位。清水康次(NTT西日本)は21位に終わった。
 アテネ五輪代表選考会の初戦となった福岡も、男子マラソン新時代を告げるハイレベルな争いになった。国内マラソンで初めて、10位までが2時間10分を切った。
 30キロまでは14人の集団。37キロで諏訪利成(日清食品)、38キロ付近では日本記録保持者の高岡寿成(カネボウ)が相次いでスパートしたが、決定打にならない。無理に仕掛けず力をためていたのが、マラソン6回目の30歳、国近友昭(エスビー食品)だった。
 40キロ付近で先頭に立つと、高岡を振り落とし諏訪との一騎打ちに。国近はエスビー食品移籍前のNTT西日本時代に、1999年福岡で2時間10分10秒の6位。だが、もともとは5000、1万メートルで日本選手権でも入賞するスピードランナーだ。残り800メートルで諏訪を退け、自己記録を2分18秒縮める日本歴代6位タイでゴールした。3秒差の2位に諏訪。高岡は国近と7秒差の3位に敗れた。
 国近の快挙を「自分の優勝より100倍うれしい」と喜んだのは、福岡で過去4度の優勝を飾った瀬古利彦・エスビー食品監督。国近は、アテネ五輪の代表をもぎとり、瀬古が育てた最初のマラソン五輪代表となった。

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