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福岡市平和台競技場〜西新・原回り〜和白丘折り返し
午後0時15分スタート
(出場選手99人、完走者85人、天候晴れ、気温17.9度、湿度51%)

名前 所属 時間 大会結果詳細へ
1.マヌエル・マティアス (ポルトガル) 2:12:54
2.ラビル・カシャポフ (ソ連) 2:12:54
3.小指 徹 (ダイエー) 2:13:12
スポンジで顔をぬらしながら競り合う先頭集団。ナンバーカード11が優勝したマティアス(ポルトガル)

 スタート時の気温は17.9度。それが中間点では18度を超えた。20度を超えた1965年以来の暑さで、大会翌日の朝日新聞には「温室レース」の見出しがついた。記録への興味は絶たれ、2時間7分台の記録を持つメコネン(エチオピア)ら、暑さに強いアフリカ勢が有利と見られた。
 15キロまで15分台半ばのスプリットで進んだが、以降は15分50秒台までペースが落ちた。30キロでもまだ16人の大集団。日本選手も10人近くいた。
 33.6キロ。25歳でマラソン4回目の小指徹(ダイエー)がレースを動かした。集団を抜け出したが、すぐにメコネンが対応。ジグザグに走り、揺さぶっても離れない。仕掛けは中途半端に終わり、35キロ手前で再び集団に吸収される。まだ8人が残っていた。
 勝負どころは36キロ過ぎに来た。メコネンが給水のために道路左へ寄りかけたすきにマティアス(ポルトガル)、カシャポフ(ソ連)がスパート。必死に追った小指を含めて3人の競り合いになった。メコネンはこの直後、右わき腹を痛め、残り1.5キロで脱落。小指も離された。
 ゴール前1100メートルの所で右腹を押さえながら粘り抜いたカシャポフが、一度はマティアスを振り切り20メートル差をつけて競技場へ。しかし、残り100メートルでマティアスがスパート、ゴール前20メートルでカシャポフをとらえ、同タイムで逃げ切った。
 ポルトガル勢の初優勝。元世界最高記録保持者のカルロス・ロペスの後継を目指す新鋭が制した。3位小指、4位谷口伴之(エスビー食品)、5位泉宜広(ダイエー)と若手が上位に入った。日本のベテラン勢は総崩れだった。

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