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福岡市平和台競技場〜西新・原回り〜和白丘折り返し
午後0時15分スタート
(出場選手152人、完走者131人、天候雨、気温7.6度、湿度80%)

名前 所属 時間 大会結果詳細へ
1.中山 竹通 (ダイエー) 2:08:18
2.新宅 雅也 (エスビー食品) 2:10:34
3.ヨルグ・ペーター (東ドイツ) 2:11:22
2時間6分台も可能かという猛スピードで15キロ付近を独走する中山竹通(ダイエー)

 ソウル五輪の三つのイスをかけた代表選考会。「福岡一発勝負」が事前の合意だったが、有力候補の瀬古利彦(エスビー食品)が左足腓骨(ひこつ)の剥離(はくり)骨折で大会12日前に突如、欠場を発表した。「瀬古救済」の別の機会を与えるべきか否か、世論も割れた。「一発選考」を信じて疑わなかった中山竹通(ダイエー)が瀬古に対して「はってでも出てこい」という趣旨の発言をし、話題になった。
 不穏な空気を象徴するように雷鳴がとどろく。5メートル前後の強風に雨が混じるなか、過去最多の152人がスタートを切った。
 レースは、選考問題のもやもやを晴らすかのよう快走した中山の独壇場になった。14キロまで先行していたサイモン(タンザニア)をとらえ、20キロで58分37秒。ここまで5キロごとのスプリットをすべて14分台の快ペースを刻んだ。
 中間点ではカルロス・ロペス(ポルトガル)の2時間7分12秒の世界最高を1分29秒も上回った。スプリットは15分台に落ちたが、35キロで世界最高よりまだ49秒速い。児玉泰介、谷口浩美、宗猛(いずれも旭化成)、伊藤国光(鐘紡)、新宅雅也(エスビー食品)のライバルをだれ一人寄せつけない壮絶なスピードだった。
 しかし、どしゃぶりの雨がたたきつけ、気温も4.6度に下がった。中山のピッチがついに衰え、2時間8分18秒の大会タイでゴール。2時間6分台の夢はついえた。
 2位に新宅、若手の工藤一良(日産自動車)が2時間11分36秒で4位(日本選手3位)に食い込んだが、レース直後に平和台競技場で行われた日本陸連強化委員会の判断は「中山、新宅までをソウル五輪代表に内定」。3人目の代表は東京(2月)、びわ湖(3月)の2大会の結果をみて決めることになった。
 結局、翌春のびわ湖を勝った瀬古が3人目の代表に内定。だが、福岡4位の工藤よりも遅い2時間12分台での優勝だった。あいまいな選考基準が物議を醸した。

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