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福岡市平和台競技場〜雁の巣折り返し
午後0時半スタート
(出場選手60人、完走者51人、天候曇り、気温15度、湿度71%)

名前 所属 時間 大会結果詳細へ
1.フランク・ショーター (米国) 2:12:50.4
2.宇佐美彰朗 (桜門陸友会) 2:13:22.8
3.ジャック・フォスター (ニュージーランド) 2:13:42.4
10キロ付近で意欲的に先頭を引っ張る宇佐美彰朗6。右から6人目がショーター(米国)

 ミュンヘン五輪前年。「非公式の世界選手権」と当時言われた福岡は五輪の前哨戦として世界から注目された。優勝候補の筆頭には、前年優勝の宇佐美彰朗(桜門陸友会)が挙がった。9月のミュンヘン国際マラソンで2時間15分52秒0で優勝するなど同年の海外レースでは2戦2勝。だが、その宇佐美をしのいだ、無名天才ランナーが鮮烈デビューを飾った。
 フランク・ショーター(米国)。この年にトラックからマラソンに転向したばかりの24歳だ。エール大卒業後、フロリダ大の大学院で法律を専攻し、来日時にも法律関係の書物を抱えてやってきた。10人兄弟の苦しい家計で育った苦学生だった。
 スタートのピストルが空砲となるハプニングがあったが、選手らはけげんそうな顔をしながらも滞りなくスタートした。
 ショーターは序盤、宇佐美が引っ張る先頭集団の後方に待機した。だが15キロで5人に絞られると、折り返してまもない24キロで仕掛けた。
 30キロでは後続に200メートル差。34キロで宇佐美が集団から抜け出して追い、一時は100メートル差まで迫ったが、そこからまたショーターが引き離した。
 ショーターの優勝タイムは、過去5年の大会で最も遅かったが、口ひげに長髪、ヘアバンドをした独特の風貌と、軽快なストライド走法は、日本のマラソンファンにインパクトを与えた。ショーターは「福岡でミュンヘン五輪への自信をつかんだ」と語り、翌日の新聞には「韋駄天ショーター」の見出しが踊った。

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