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福岡市平和台競技場〜雁の巣折り返し
午後1時スタート
(出場選手37人、完走者24人、天候晴れ、気温21度、湿度54%)

名前 所属 時間 大会結果詳細へ
1.広島日出国 (宮崎) 2:18:35.8
2.中尾 隆行 (東京) 2:18:38.2
3.蓬原 正嗣 (宮崎) 2:19:44.0
40キロ付近で競り合う優勝した広島日出国(宮崎)=右=と2位の中尾隆行(東京)

 この年、前年の東京五輪でアベベがマークした2時間15分16秒2の世界最高が、片道コースという条件下ではあったがあっけなく破られた。その偉業は、福岡大の学生だった重松森雄によって遂げられた。4月のボストンを2時間16分33秒で制し、自信をつけて臨んだ6月12日の英国ポリテクニック・ハリヤーズマラソン(ウィンザーマラソン)。2時間12分0秒0で勝ち、世界に日本の強さを示した。
 その重松が地元にいながら、試験のために出場できなかった大会。東京五輪の開会式があった日を記念して10月10日にレースが行われた。
 気温21度。ますます暑くなるのを警戒した日本勢は自重した。一方、当時の5000メートル、1万メートルの世界記録保持者クラーク(豪州)が一人、5キロ15分台のペースで飛び出した。テーラー(英国)も後を追った。
 折り返しでクラークと後続集団とは2分20秒の大差があったが、テーラーが落ちた後、35キロ手前ではクラークまで歩き出した。結局棄権に追い込まれ、ここから日本勢の出番。37キロからはマラソン18回目の37歳のベテラン広島日出国(宮崎)と、元日本最高記録保持者の中尾隆行(東京)とのマッチレースになった。
 決着は競技場に持ち込まれ、残り150メートルで広島が猛スパート。距離にして約7メートル、2秒4差で中尾を振り切り、初優勝した。競技場決着は、第12回大会の貞永信義とカルボネン(フィンランド)との大接戦以来、7年ぶり2度目のことだった。

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