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福岡市平和台競技場〜雁の巣折り返し
午後0時10分スタート
(出場選手50人、完走者32人、天候曇り、気温11.3度)

名前 所属 時間 大会結果詳細へ
1.カントレク (チェコ) 2:22:05
2.オクサネン (フィンランド) 2:22:18
3.貞永 信義 (山口) 2:22:19
36キロ付近で先頭を走る貞永信義(山口)、ナンバーカード1はオクサネン(フィンランド)、3は優 勝したカントレク(チェコ)、5は中尾隆行(東京)、38は三村清登(福岡)

 日本の男子マラソンが2時間20分の壁を破ったのが、この年だった。3月の中日マラソンで、前年の福岡で4位に入った中京大卒の中尾隆行(東京)が、2時間18分54秒をマーク。アベベ(エチオピア)がローマ五輪で樹立した当時の世界最高2時間15分16秒2からはまだ3分半以上の開きがあったが、世界との差は少し縮まった。
 その中尾をはじめ、2年後の別府大分で2時間15分15秒8の世界最高をマークする寺沢徹(大阪)ら国内から46人が出場。海外の4選手を迎え撃った。
 15キロまでは16分台の好ペース。有力選手は同年のボストン優勝者オクサネン(フィンランド)、中尾らを中心とした一団。5回連続出場のカントレク(チェコ)は30秒ほど後ろで自重していた。
 中間点でカントレクが先頭に並び、30キロで先頭集団は8人。38キロ付近では中尾、オクサネン、カントレク、貞永信義(山口)の4人に絞られた。40キロで中尾が遅れ出し、貞永は逃げたが、ゴール手前1キロを切って、カントレクが逆転。過去4大会で4位、4位、2位、3位と上位に食い込みながら勝てなかったカントレクが、初優勝を飾った。
 国際陸連のルール改正でこの年からマラソンでの給水が認められた。国内選手の多くが水を飲んでいたが、医師のカントレクは「紅茶に砂糖と塩を調合したもの」を飲んで勝った。

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