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神奈川・鎌倉市役所前〜横浜市戸塚区柏尾町折り返し
午後0時半スタート
(出場選手52人、完走者37人、天候小雨、気温9度)

名前 所属 時間 大会結果詳細へ
1.ゴルノ (アルゼンチン) 2:24:55
2.カルボネン (フィンランド) 2:26:10
3.プォラッカ (フィンランド) 2:29:17
鎌倉市七里ヶ浜付近のゴルノ(アルゼンチン)=左=とカルボネン(フィンランド)のトップ争い

 この年から初めて外国選手を招待し、日本初の国際大会としての第一歩を踏み出した。
 招待選手は、ヘルシンキ五輪銀メダルのゴルノ(アルゼンチン)、同4位の崔(韓国)、同年のボストン優勝者でヘルシンキ五輪5位のカルボネン(フィンランド)ら5人。市制30周年の記念事業として鎌倉市が共催し、52人が鎌倉市役所前をスタートした。
 気温9度、小雨の降る悪条件。3年前のボストンで優勝した「アトムボーイ(原爆少年)」こと田中茂樹(広島)が初優勝をかけて出場し、期待を一身に受けていた。
 その田中は各5キロを17分30秒前後のペースで進んだ序盤、カルボネンと崔をピタリとマーク。15キロ過ぎには三つどもえの展開に持ち込んだが、22キロ過ぎで脱落。35キロ付近で結局、棄権した。
 崔とカルボネンを20〜30メートル先の視界にとらえながら、じりじり追い上げたのはゴルノだった。崔が30キロ手前で足を引きずり始めると同時に、25〜30キロを16分30秒にペースを上げたゴルノがカルボネンに並ぶ。「江ノ島を過ぎて勝ったと思った」というゴルノは、残り3キロでスパートし、カルボネンを振り切った。
 4位までを外国招待選手が占め、日本勢は惨敗。2時間32分2秒で5位に入った内川義高(佐賀)が最高だった。初の国際レースで、地元の利を生かしきれなかった。

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