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山口・宇部市庁舎前〜嘉川折り返し
午後1時スタート
(出場選手30余人、天候晴れ)

名前 所属 時間 大会結果詳細へ
1.西田 勝雄 (東京) 2:27:59
2.浜村 秀雄 (山口) 2:29:45
3.山田 敬蔵 (秋田) 2:30:35
ゴール手前5キロ付近でトップを快走する西田勝雄(東京)。後方は小柳舜治(山口)

 戦後初参加となった7月のヘルシンキ五輪で期待された日本マラソン勢は、西田勝雄(東京)の25位が最高と、惨敗した。マラソンとトラックの5000メートル、1万メートルの3種目で金メダルに輝いたザトペック(チェコスロバキア)ら欧州勢との力の差は歴然だった。苦杯をなめた五輪組の西田と山田敬蔵(秋田)は、「面目を果たす」と奮起。山口・宇部で開かれた大会にそろって出場した。
 翌春のボストン・マラソン派遣選考を兼ねたレースで、西田、山田は慎重なレース運びだった。折り返しでは、2年前の優勝者で地元山口の小柳舜治が1時間14分2秒でトップ通過。西田は4番手で1分2秒遅れで続き、山田は2分遅れの10位で折り返した。
 30キロ付近までに西田が2位、山田が3位と追い上げてきた。先頭の小柳はゴール手前5キロ付近から後退し、同じ地元の浜村秀雄にも抜かれた。
 西田はその後もトップを譲らず、2時間27分59秒でフィニッシュ。今大会で初めて2時間30分を切る大会新記録で戦後の国内最高記録でもあった。山田は3位だった。
 レース後「オリンピック・マラソンに優勝する会」で西田を指導していた金栗四三は、「過去2年間の練習で2時間40分台からついに30分を割った。急激な進歩は望めないけれど、1年1分と今後も気長くやっていくことだ」と激励した。

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