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福岡市平和台競技場〜前原町折り返し
午後1時スタート
(出場選手84人、天候晴れ)

名前 所属 時間 大会結果詳細へ
1.拝郷 弘美 (徳島) 2:30:13
2.浅井 正 (愛知) 2:30:43
3.内川 義高 (福岡) 2:32:19
折り返し地点付近で競り合う先頭集団

 日本のスポーツ界が活気づくビッグニュースがこの年の春、立て続けに起きた。
 前年の朝日マラソン10位で広島・比婆西高(現庄原実高)卒業前の田中茂樹が2月、山口県であったボストンと第1回アジア大会(インド・ニューデリー)の選考レースで2時間28分16秒の戦後日本最高で優勝。
 日大に進学した田中は、さらに4月のボストンでも2時間27分45秒の戦後世界最高で制した。(後にコースの距離不足が判明し、マラソン記録としては抹消)
 広島出身の田中を「アトムボーイ(原爆少年)」と評した外国通信社電が世界に配信されて話題に。翌年のヘルシンキ五輪に向けて、陸上関係者の期待は一気に高まった。
 だが、その田中は故障でレースを欠場。舞台は初めて福岡・平和台に移り、かつてない大人数の84人がスタートした。
 同年のアジア大会1万メートル優勝者で、マラソン初挑戦で注目された田茂井宗一(大阪)を中心に、15キロまでは10人の集団。折り返しも田茂井がトップ通過したが、前年よりも約1分遅いスローペースだった。
 残り10キロ付近で先頭に出たのは、前年3位で4月のボストンで9位に食い込んだ拝郷弘美(徳島)だ。独走となってからもさらにペースアップ。浅井正(愛知)の追撃をかわし、2時間30分13秒の大会新で初優勝をさらった。

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