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朝日新聞高松支局〜栗熊村御茶園折り返し
午前10時半スタート
(出場選手50余人、天候好天)

名前 所属 時間 大会結果詳細へ
1.山田 三郎 (岐阜) 2:37:25
2.宮崎 一男 (兵庫) 2:40:40
3.望戸 豊数 (広島) 2:43:07
折り返し直後、先頭争いをする野田義一(左)と福家年夫の香川勢

 出場者は50人あまりに増え、そのほとんどが頭にさらし布を巻いたいでたち。舞台は、熊本から香川に移った。
 1928年(昭和3年)のアムステルダム五輪で4位に入った山田兼松の故郷でもある香川は当時、国内屈指のマラソンどころの一つ。特に大規模な塩田が広がる坂出には、製塩作業で足腰を鍛えた若者に生きのいい選手が多かった。
 その代表格、野田義一と福家年夫がレースの序盤を引っ張った。5キロは17分45秒、10キロは36分5秒で通過。折り返しのトップは野田で1時間17分9秒。2秒遅れて福家が追走した。さらに14秒差で宮崎一男(兵庫)、1分14秒差で山田三郎(岐阜)が続いた。
 地元勢2人がトップを並走する間、4位だった山田が、先頭に追いついた。ほどなく福家が、腹痛で脱落してしまう。勢いづいた山田が、残り10キロを切ってスパートし、2時間37分25秒で優勝した。
 1922年(大正11年)生まれの山田は当時26歳。その優勝タイムは、日本が参加できなかった同年夏のロンドン五輪の6位に相当する好記録だった。
 香川勢は結局、2時間43分12秒で4位に終わった野田が最高位。だが、その4位までが前年の優勝記録を上回った。野田はその2年後、全日本毎日マラソンの優勝者となった。

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