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熊本県庁前〜当尾村御野立所折り返し
午前9時50分スタート
(出場選手33人、完走者23人、天候快晴)

名前 所属 時間 大会結果詳細へ
1.和田 敏一 (山口) 2:45:45
2.古賀 新三 (福岡) 2:48:06
3.馬場崎又雄 (福岡) 2:49:46
初代優勝者となった伏兵の和田敏一(山口)

 戦後間もない時代にマラソンで明るい話題を――。福岡国際マラソンの前身「金栗賞朝日マラソン」は、そんな願いをこめて企画され、今から60年前に始まった。
 大会名に冠された「金栗」とは「日本マラソン界の父」と呼ばれた金栗四三(故人)のこと。日本人五輪選手第1号でストックホルム、アントワープ、パリの3大会に出場し、大阪・道頓堀のグリコのネオンサインのモチーフにもなった。その功績をたたえる意味で第1回は、金栗の故郷・熊本で開かれた。
 1947年10月3日付の朝日新聞社告は、「来るべき五輪マラソンの飛躍台となり、マラソン日本再建となるべく各方面からの参加を期待する」と参加者を募った。33人がスタートラインに立った。
 午前9時50分。当時56歳だった金栗の号令で、熊本県庁前をスタート。優勝候補の筆頭は、福岡の炭鉱労働者の古賀新三と見られていた。10月の日本選手権を2時間41分17秒で勝ち、11月の国体でも戦後最高の2時間36分33秒で優勝していた。
 レースはその古賀がスタートから独走。中間点で2位を約100メートル引き離し、1時間15分44秒で折り返した。だが、残り7キロで動きが鈍る。右足を痛め、残り2キロで歩き出した。そんな古賀に「失礼します」と声をかけて抜いた伏兵の和田敏一が初代優勝者となった。

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