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タンザニアからの知らせ

2017年3月22日
アルフォンス・シンブ
アルーシャのグラウンドで練習するシンブ(前から3人目)

 いささか個人的な話になるが、その悲しい知らせを聞いたのは3月5日のびわ湖毎日マラソンの前日だった。

 福岡国際マラソン選手権が70回を迎えるにあたって、昨秋、ジュマ・イカンガーさん(59)をタンザニアに尋ねた。この時、現地のコーディネーターをお願いした旅行会社「JATAツアーズ」の根本利通社長が、2月24日に急逝された。63歳だった。根本さんは京大を卒業後、タンザニアのダルエスサラーム大大学院で学び、1984年から当地で暮らしていた。タンザニアの研究や発展にも尽くした人だった。

 その根本さんからメールをいただいたのは1月中旬だった。昨年のリオデジャネイロ五輪のマラソンでタンザニア史上最高の5位に入賞したアルフォンス・シンブ(25)が、ムンバイ・マラソン(インド)で優勝した、と知らせてくれたのだ。タイムは2時間9分32秒。優勝を報じるタンザニアの新聞が添付されていた。「次回は何とか福岡に送りたいものだと思います」。そんな感想も記されていた。

 シンブはタンザニアの中心地ダルエスサラームから飛行機で約1時間の町アルーシャを練習拠点にしている。標高1400メートルほどで、イカンガーさんもかつて練習を積んだ地。天気が良ければ、アフリカ大陸最高峰のキリマンジャロ山(標高5859メートル)を望むことができるポイントがある。もちろん、通訳などを含めてこの取材のセッティングも根本さんにお願いした。9月、ジャカランダという木に鮮やかな紫色の花が咲いていた。おんぼろのマイクロバスが土煙をあげて走っていく。車体には日本の温泉旅館や学校の名前があった。

 シンブは2015年のゴールドコーストでマラソンデビュー。一昨年の防府で7位、びわ湖では2時間9分19秒の自己ベストで3位と日本で2度走っている。「レースになるといつも会う日本選手がいるんだ。すごくいい選手なんだけど、名前が……」。川内優輝(埼玉県庁)のことだった。トウモロコシなどを作っている農家に生まれた。9人兄弟の7番目。リオ五輪の好成績のおかげで地元の衛星放送のスポンサーがついた。

 タンザニアはイカンガーが引退後、低迷していた。シンブを指導するフランシス・ジョン・コーチによると、国の方針で学校での体育の時間が減ったり、学校対抗のレースなども少なくなったりしていることが要因のひとつだという。そのあたりのことを根本さんに尋ねると、1978〜79年のウガンダとの戦争でタンザニアの財政が急激に悪化し、中学生の全国大会が開かれなくなったことなどを教えてくれた。

 シンブのような新星が誕生し、タンザニアの陸上界はにわかに活気づいている。とはいえ、彼の練習も中学校のグラウンドを借りて行われていた。日本などと比べて決して恵まれている環境ではない、とその時思った。シンブの次のレースは4月のロンドン・マラソンだ。五輪入賞という看板があるから、それなりの金額の出場料を手にするだろう。「自分は生きていくために走っている」。そんな言葉を思い出す。

 イカンガーさんの存在でタンザニアという国を知った。今後、シンブの活躍で、また自然豊かなその国を思い出すだろう。その魅力や課題を語ってくれた根本さんのことも。

朝日新聞西部本社スポーツ担当 堀川貴弘